クリニックの物件は、まず立地と家賃で候補を絞ります。そのうえで契約の前に、その建物で希望の診療ができるかを確かめることが大切です。
給排水の位置、電気の容量、天井裏の高さ、エックス線室を置けるか、エレベーターの大きさ、ビルの規約。こうした建物の条件は、契約した後では変えられないか、変えるために工事費が大きく増えることがあります。
確かめることは、次の条件で変わります。
- 入院のベッドを置くか(無床か有床か):法令の基準が変わります
- エックス線などの機器を使うか:部屋のつくりと届出が必要になります
- 診療科と診察室の数:水回りの数と位置が変わります
- 物件のある自治体:保健所や条例の扱いが変わります
この記事では、物件の種類ごとの違いと、契約前に確かめる建物の条件を整理します。内装の費用や依頼先はクリニック内装の記事で説明しています。
物件を選ぶ順番
- 立地と診療圏を調べる:患者さんの層、競合の医院、駅やバス、駐車場。開業支援会社や医療に詳しい不動産会社が得意とする分野です
- 候補の建物の条件を確かめる:構造図の有無と壊せる壁、工事の区分、給排水、電気、天井裏、エックス線、エレベーター、ビルの規約。設計者が内見で確かめる分野です
- 契約の条件を決める:工事の範囲、原状回復、賃料の発生日(工事期間の扱い)
立地の調査が済んで「ここにしたい」と思ったときが、建物を確かめるタイミングです。申し込みや契約の前に、設計者に図面を見せる、内見に同行してもらうことをおすすめします。
物件の種類と、建物の面での違い
| 種類 | 建物の面での特徴 | 契約前に特に確かめること |
|---|---|---|
| ビルのテナント | 間取りの自由度は高いが、給排水・電気・空調はビルの設備に左右される | 給排水の位置、電気容量、天井裏、エレベーター、ビルの規約 |
| 医療モール | 医療での利用を前提に計画されていることが多い | 区画ごとの給排水・電気の容量、共用部(待合・トイレ)の扱い、看板の位置 |
| 居抜き(前も医院) | 内装や設備を引き継げれば、工事を減らせることがある | 残っている設備の状態と所有者、前の診療科との違い、原状回復の範囲 |
| 戸建て(土地から・併用住宅) | 間取りも設備も自由に計画できる | 用途地域などの法規制、敷地の広さと駐車場、工期 |
戸建ての例として、YYAが設計した歯科医院併用住宅「森の歯科」(和歌山県田辺市)があります。森の歯科では、土地選びの段階から設計者として関わりました。治療室を完全個室にして森に向けて配置しました。詳しくは歯科医院の設計の記事をご覧ください。

契約前に確かめる建物の条件
| 項目 | 確かめること | なぜ大切か |
|---|---|---|
| 構造図と壁 | 構造図があるか。撤去したい壁が、壊してよい壁か、耐震壁(建物を支える壁)か | 耐震壁は壊せないため、間取りの自由度が変わる。構造図がないと、壊せるかどうかの判断に時間がかかる |
| 工事のエリアと区分 | 自分で工事できる範囲はどこまでか。B工事とC工事の区分(後述) | ビル側の業者が行う工事は、費用や工期を自分で調整しにくい |
| 給排水の位置 | 区画の中に排水を接続できる場所があるか、どこにあるか | 診察室ごとの手洗いや、トイレ・処置室の位置が決まる。排水の位置から遠い場所に水回りを置くと、配管の勾配をとるために床を上げる必要が出ることがある |
| 床の段差 | 床を上げた場合に入口や廊下に段差ができないか | 車いすやベビーカー、高齢の患者さんの通りやすさに関わる |
| 天井の高さと天井裏 | 天井を外したときの高さ、梁の位置、天井裏の空き | 空調・換気のダクトや照明、配管を通せるか。天井が低くなりすぎないか |
| 電気容量 | 区画に割り当てられた容量、増やせるか、増やすときの費用負担 | エックス線や医療機器、空調、照明でどれだけ使うか |
| 空調・換気 | 区画ごとに空調を動かせるか、ビル全体の空調か | 診療時間外や休日に空調が止まらないか。換気の経路 |
| エックス線 | エックス線室を置く場所の床や壁、隣の区画との関係 | エックス線を使う部屋には遮へいなどの基準があり、壁や扉のつくりが変わる |
| エレベーター・階段 | エレベーターの有無と大きさ、階段の位置 | 車いすの患者さんや、救急で搬送するときの経路 |
| ビルの規約 | 診療所として使えるか、営業時間、看板の位置と大きさ、医療廃棄物の保管と搬出 | 契約後に規約で希望の使い方ができないことがある |
| 消防 | 区画の用途と、ビル全体の消防用設備 | 必要な設備は建物全体の用途や規模で変わるため、所轄の消防署に確認する |
| バリアフリー | 入口までの段差、トイレ | 一定の規模以上では法令や条例の基準に合わせる必要がある(後述) |
構造図と工事の区分
内見では、まず構造図があるかを確かめます。間仕切りを変えたいとき、撤去したい壁が耐震壁(建物を支える壁)であれば壊せません。構造図があれば、どの壁を動かせるかを早く判断できます。
次に、自分の区画で工事できるエリアと、工事の区分を確かめます。ビルのテナントでは、工事を「A工事・B工事・C工事」に分けるのが一般的です。
| 区分 | 一般的な分け方 |
|---|---|
| A工事 | ビル側が費用を負担し、ビル側の業者が行う工事(建物の共用部分など) |
| B工事 | テナントが費用を負担し、ビル側が指定する業者が行う工事(ビルの設備に関わる部分など) |
| C工事 | テナントが費用を負担し、テナントが選んだ業者が行う工事(区画の内装など) |
どの工事がどの区分になるかは、ビルごとに決まっています(工事区分表などで示されます)。給排水や空調、電気の工事がB工事になると、業者を自分で選べず、費用や工期を調整しにくくなります。契約の前に工事区分を確かめておきましょう。
給排水と床の段差
ビルのテナントでは、排水の配管を接続できる場所が決まっています。手洗いやトイレをその場所から離れた位置に置くと、配管に水が流れる勾配をとるため、床を上げて配管を通すことがあります。床を上げると、入口や共用廊下との間に段差ができ、スロープが必要になることもあります。
診察室ごとに手洗いを置くか、処置室や検査室にどれだけ水回りがあるかで、必要な給排水は変わります。診療科と診察室の数を決めてから、図面で確かめましょう。
電気容量とエックス線
エックス線装置や医療機器、空調、照明を合わせると、必要な電気容量は診療の内容で大きく変わります。区画の容量で足りない場合、ビル側の設備の増設が必要になり、費用の負担や工事の可否はビルとの交渉になります。
エックス線を使う部屋には、遮へいなどの構造設備の基準があります。また、診療用エックス線装置を備えたときは、10日以内に保健所などへ届け出ます(医療法第15条第3項、医療法施行規則第24条の2)。届出には、漏えいする放射線の測定結果などを添付する自治体があります(山梨県)。部屋の位置と壁のつくりは、物件を決める段階で設計者と確かめておきます。
居抜き物件で確かめること
前も医院だった区画は、内装や給排水、エックス線室を引き継げれば、工事を減らせることがあります。ただし、次の点を契約前に確かめます。
- 残っている設備の状態:給湯器、空調、配管、照明などが使える状態か。耐用年数や修理の履歴
- 設備の持ち主:前のテナントの所有か、ビルの所有か。引き継ぐ費用(造作の譲渡)が必要か
- 前の診療科との違い:診察室の数、水回り、エックス線室の位置が、自分の診療に合っているか。合わない場合、壊して作り直す費用がかかり、居抜きの利点が小さくなる
- 原状回復の範囲:退去するときに、どこまで戻す必要があるか(前のテナントの内装を含むか)
法令と手続き
| 確かめること | 内容 | 条件 |
|---|---|---|
| 保健所への事前相談 | 図面が固まる前に、管轄の保健所に相談する。大阪府内でも、大阪市・堺市と中核市(吹田市・豊中市・高槻市・枚方市・八尾市・寝屋川市・東大阪市)は、それぞれの市の保健所が窓口です(大阪府) | すべて |
| 開設の手続き | 医師が個人で開設する場合は、開設後10日以内に届け出る。医療法人などが開設する場合は、事前に開設の許可が必要(医療法 第7条・第8条) | 開設者による |
| 構造設備の基準 | 医療法施行規則第16条に病院・診療所の構造設備の基準がある。患者が使う廊下の幅(診療所は1.2m以上、両側に部屋がある場合は1.6m以上)などは、入院の施設がない診療所や、入院が9人以下の診療所には適用されない(医療法施行規則 第16条)。それ以外の部分は建築基準法の基準による | 有床か無床か |
| エックス線 | 装置を備えたときは10日以内に届出。部屋の遮へいなどの基準がある | エックス線を使う場合 |
| 建築基準法 | 入院の施設がない診療所は、建築基準法の「特殊建築物」に当たらない(建築基準法 別表第一)。そのため、事務所などのテナントを無床の診療所に変えるとき、用途変更の確認申請は不要。ただし、法令に適合させる義務は残る(国土交通省) | 無床の場合。有床の場合は要確認 |
| バリアフリー | 病院・診療所は、バリアフリー法の「特別特定建築物」に当たる(バリアフリー法施行令 第5条)。床面積2,000㎡以上の新築・増築・用途変更などでは基準に適合させる義務があり、自治体は条例でこの規模を小さくできる(川崎市) | 規模と自治体の条例による |
| 消防 | 内装材や消防用設備の要件を、所轄の消防署と確認する | 建物全体の用途・規模による |
内見に設計者が同行すると、何がわかるか
設計者が内見に同行すると、その場で次のことを確かめられます。
- 構造図があるか、動かしたい壁が壊せる壁か
- 工事できるエリアと、B工事・C工事の区分
- 希望の診察室の数と水回りが、その区画に入るか
- 床を上げる必要があるか、段差はどこにできるか
- 天井裏に空調や配管を通す余裕があるか
- エックス線室をどこに置けるか
- ビル側に確認すべきこと(電気容量、空調、看板、規約)
YYAでは、候補の物件の内見に同行しています。大阪の物件は無料、大阪以外は交通費のみ実費をいただき、内見自体は無料です。
契約した後に、設計の最初に確かめること
YYAが設計した心斎橋クリニック(ビルの8階のテナント)は、物件の契約後にご依頼いただきました。設計を始めるときには、現地で次のことを確かめました。
- 設備のルート:給排水、空調、電気の配管や配線をどこから引き込み、どこを通せるか
- 残す部分と撤去する部分:既存の内装や設備のうち、使い続けるものと撤去するもの
- 各所の寸法:図面と現地が合っているか。天井の高さ、梁、柱、開口部などを実際に測る
契約前に内見できれば、同じことを契約前に確かめられます。
ご相談の前に用意するとよいもの
- 物件の住所、募集図面、階数
- 診療科、診察室の数、有床か無床か
- 使う予定の医療機器(エックス線など)
- 開業の希望時期
ご相談は無料です。大阪府吹田市の一級建築士事務所です。大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山など関西を中心に、全国のご依頼に対応しています。
まとめ
クリニックの物件は、立地と家賃で候補を絞ったら、契約の前に建物の条件を確かめましょう。構造図と壊せる壁、工事の区分、給排水の位置と床の段差、天井裏、電気容量、エックス線室、エレベーター、ビルの規約は、契約した後では変えにくい条件です。入院のベッドを置くか、エックス線を使うか、どの自治体かで、法令や手続きも変わります。
この記事の監修
吉野優輔(一級建築士/株式会社YYA 代表取締役)
2007年近畿大学理工学部建築学科卒業。片岡重男建築研究所、株式会社日建設計を経て、2021年に独立(2022年に株式会社YYAに改組)。2024年から近畿大学建築学部の非常勤講師。詳しくは会社概要をご覧ください。
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